エリザベス・サンダース・ホームとは


故 澤田美喜によって創設された児童養護施設です

 第二次世界大戦後、駐留軍兵士と日本人女性との間に生まれ、親とともに暮らすことのできなかった子どもたちを引き取り、教育をし、一人前の社会人として送り出すための施設として設立されました。養子縁組により海外に渡った子どもたちも多くいます。現在は様々な事情により、親と一緒に生活することが困難な家庭の子どもたちが生活しています。 2歳から18歳までの子どもたち約100人が10の寮に分かれて生活しています。
 同じ敷地内にやはり澤田美喜によって設立された聖ステパノ学園小中学校があり、ホームの子どもたちの大半が通っています。敷地内には、澤田美喜が収集した隠れキリシタンの遺品の展示を行う資料館「澤田美喜記念館」があり一般に公開されています。

創設者の澤田美喜について

 1901年三菱財閥の創始者・岩崎弥太郎の孫、三菱三代目の当主・岩崎久弥の長女として生まれ、成長して外交官・澤田廉三(後の初代国連大使)に嫁ぎ華やかな海外生活を送る一方、クリスチャンとしての信仰を深めました。
 ロンドンに駐在中に「ドクター・バナードス・ホーム」という孤児院でボランティアとして奉仕する機会を得、深い感銘を受けました。終戦後駐留軍兵士と日本女性との間に生まれた混血孤児たちの不遇な状況を目の当たりにし、この子どもたちを救うのが自分の使命であるとの神様からの啓示を受け、救済に立ち上がりました。
 戦後の財閥解体により岩崎家の手を離れていた大磯の別荘を金策に大変な苦労をしながら買い戻し、1948年エリザベス・サンダース・ホームと名づけた乳児院を作りました。その後子どもたちの成長に合わせて児童養護施設とし、2千人の子どもたちを育て上げて社会に送り出し、1980年旅先のスペイン・マジョルカ島で急逝するまでの30年間、母として教師として子どもたちの養育に人生の後半を捧げました。

エリザベス・サンダース・ホームの名前の由来

 エリザベス・サンダースさんという英国人の名前をいただいています。この人は三井財閥一家の三井高精がロンドン駐在中に子息高國の養育係として採用され、一家が任期を終えて日本に帰るとき、請われて来日し、以後戦時中の困難な時期も含め33年間にわたり三井家に仕え、昭和21年に東京で亡くなりました。遺産として遺された170ドルの使途を託された友人のブッシュ氏は、澤田美喜と親交のあったポール・ラッシュ氏(山梨県清里に高冷地農業・畜産業を導入し、清泉寮を開設した人)に相談し、折から混血孤児のための乳児院設立に奔走していた澤田美喜に開設資金として寄付されたのです。
 澤田美喜はサンダースさんとは直接会ったことはありませんが、最初の寄付者のお名前をいただいて施設の名前としました。ホームの子どもたちは毎年5月に横浜山手の外人墓地にあるサンダースさんのお墓参りをしています。